この教えに入ると、他の信仰を捨てなくてはいけないのではないですか?

 崇教真光に入っても、他の信仰を捨てる必要はありません。今までの信仰はそのままで、手かざしを受けることができますし、研修も受けられるのです。
 私たちの神向(しんこう:信仰)申し上げる神様は、宇宙創造天地創造の主神様で、「御親元主真光大御神様(みおやもとスまひかりおおみかみさま)」、親しくは「主(ス)の神様」と申し上げております。主の神様は、宇宙全般に神の真の光をあまねく照らしておられますので、私たち崇教真光には、宗門宗派、人種、民族などの区別が全くないのです。「地球は元一つ、世界は元一つ、人類は元一つ、万教の元また一つ」が私たちの理念であります。
 ですから、研修を受ける人の中には、仏教のお坊さんもいれば、キリスト教の神父さんや牧師さんもいれば、神社の神主さんもいらっしゃいます。それぞれの宗教の立場の中で、真光の手かざしによって、病気やその他で苦しんでいる人たちを救って行けばよいのです。教義、教理と関わりなく、手をかざせば奇跡が起きます。その奇跡を通して、霊魂の実在と神の御実在を観念としてでなく肌身で実感することが大切なのです。
 仏教にしてもキリスト教にしても神道やその他の宗教にしても、神様としてはそれぞれの時代に必要があってお出しになったものです。根本のところでは、決してそれぞれは違っていないのです。ところが後世の弟子たちが、勝手に自分たちの考えや理論を付け加えて、時代を経るにしたがい、哲学宗教、観念宗教と化して、救世の霊力も弱くなり、今日のような状態になってしまったのです。今では、かつてあった「救い」も僅(わず)かになってしまいました。
 一方、真光の研修会で教えを聞くと、キリスト教、仏教、その他の教えが実によく理解できます。それは、あらゆる宗教で今まで知らされていなかった根本の教えによって、全ての宗教のナゾが説き明かされていくからです。
 崇教真光は、他宗を排斥(はいせき)しません。全ての人がこの「真光の業」によって神の真の光を真配り、世の人びとを救って下さることを念願としているのです。

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