![]() | 教団活動のために、家庭のことがおろそかになるのではないですか? |
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教団活動のために、家庭のことをおろそかにしている人がいたとすれば、それは誤った神向(しんこう:信仰)をしている人です。 なぜなら、私たちは、「教えを生活に活かしていくことが大切である。教えと生活は一体とならなくてはならないと教えられているからです。つまり、「日々の生活の中に教えを実践していく」ことが、私たちの生きた行なのです。 私たちは自分の与えられた場所で、心から感謝して最善を尽くすことが大切です。自分の与えられた家庭で、職場で、学校で、最高の努力をし、さらに教えを実践していくこと、たとえば感謝、心の下座、ス直、陰徳、物尊(物を大切に使う)、親切、利他愛等の実践をすることが、神様の望んでおられることなのです。 家庭を放ったまま、仕事も休業のままでご奉仕に出ても、それは正しい神向とは言えません。神様はお喜びにはなりません。ご主人がキチンとお仕事をしなければ、生活が安定しなくなるのと同じように、主婦が家庭のことをキチンとしなければ、家の中は乱れてきます。家庭の一人一人が、それぞれの任務を全(まっと)うしなければ、家庭は崩壊してしまうのです。 神様は、人類界が愛和していくことを切望していらっしゃいます。特に現代社会においては、人類がお互いに協力し合い助け合って、地球環境の危機をはじめとする様々な問題を克服していかなくてはなりません。 社会や国家は、家庭の集まりで成り立っています。つまり、社会の基本単位である家庭が愛和でなければ、世界の愛和は決して実現しません。いくら立派な家を建てても、土台がしっかりしていなければ、結局倒れてしまうように、外でいくら良いことをしても、家のことをキチンとしていなければ、愛和の家庭は実現できないのです。それでは、神様はお喜びにはなりません。神向している意味もありません。まず自分自身が家庭において「光の人」となり、夫婦、親子、兄弟が仲良く暮らせるようになってこそ、世界平和の基盤ができ上がってくるのです。 また、昨今の非行やいじめ等の教育上の問題も、家庭の問題に起因することが多く、愛和の家庭を築くことが全ての基礎になることをよくご理解いただきたいのです。 |
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