今までの宗教のイメージからいきますと、現実世界から退いて、信仰の中に引きこもってしまうといった感じがありました。そのために、宗教は現実からの逃避(とうひ)という考え方が出てきたのでしょう。しかし、崇教真光は、決してそのようなものではありません。
私たちは「生活の中に教えを実践する」ことが大事だと教えられています。私たちはそれを「生活即神向」と言っております。それが、神性化を目標とする私たちの生きた行なのです。つまり“光の人”となり、“社会の光”“地域の光”となるために、現実の日常生活の中で日々み教えを実践していくことに主眼をおいています。決して現実からの逃避ではありません。さらに、私たちは「手かざし」ができます。これは、現実に悩み苦しんでいる人びとを、苦しみから救うという現実への積極的な働きかけです。現実から逃げるのではなく、現実にしっかりと目を向け、さらに見えない世界にまでも目を向け、不幸の原因を解消していく、そこに崇教真光の本質があります。
また、宗教はお年寄りのやることだと思っている方も多いのかもしれませんが、崇教真光は決してそうではありません。なぜなら、若い人が多いことも、崇教真光の特色の一つに挙げられるからです。若い人たちも光の若人を目指して、学業や生業、現実の社会生活の中でみ教えの実践に励んでいます。 |